苅谷剛彦先生はご存じでしょうか?本当の意味でのクリティカル・シンキングを題材にした名著「知的複眼思考法」など、教育、もしくは教育学の分野で様々な提言を行っている方です。

苅谷先生、そしてその奥様、さらには奥様の恩師の方という珍しいコンビネーションの書籍が「教えることの復権」です。

題材となっているのは学校の先生の教える技術ですが、セミナー講師ならば参考にしたいもの。

国語の授業を面白くする講師の技

恩師の大村先生は、元々は国語の先生だったとのことですが、そこでの工夫がこのように示されています。

元になる資料は珍しく国語の教科書。1冊まるごとである。様々な種類の文章が混じってる件が資料として見ていたのだろう。短冊状のカードを沢山用意して1ページ目からどんどん読んでいく。「ことば」という単語に出会ったら言語の意味のつながりがわかる程度の長さだけカードに書き写しどのページにあったのかも書き添える。1枚のカードには一例しか書いてはダメ。

このカードをこれをグループ化することによって、様々な意味で使われている。言葉という単語を理解する手がかりとするそうです。

国語って、語彙力がベースになっていると個がありますから、このやり方は確かに面白そう。

興味をかき立てる講師の技

また、大村先生は中学生に「私の履歴書」を読ませると言うこともやっていたとか。ただ、その際に単に同じ本を読むのではなく、

一人一人別の人物の「私の履歴書」を受け取った。あなたにはこの人というふうに先生が選んだものですよと言われるとうれしくもあり緊張もした。(中略)そこに書かれたことを選んだ作者、選ばなかったエピソードをしてた作者。それらを総合して作者を知るのだ。

という工夫をされていたとか。

筆者のお一人、苅谷先生の奥さまは、それに対してこのような感想を述べています。

昨年春、大村先生とともに鳴門を訪れ、30年ぶりにこの記録と再会し、自分の奮闘ぶりに出会った時15歳の自分の頑張りが眩しいような、いじらしいような不思議な気持ちが込み上げて何だか涙ぐみそうになった。力を充分に引き出してくれる教師を得てない力まで絞り出そうと粘り、いつの間にか実際に大した仕事をしている中学生の自分であった。

ディスカッションを引き出す講師の工夫

さらに大村先生は、クラスルームでの議論を上手くやるための工夫もされていたそうです。

話し合いに慣れていない子供には何ページにもの資料を手元で繰りながら参加するなんて非常に難しいことなんですよ。ですから、一目で全体が見える分量の物語です。

誰かが発言につかえたときなどにも、それをもう少ししっかり考えるとか、他の考えはないかとか言わない。でないから言わないので。あれば言うでしょう。励ましたりはしない。自分が司会者になってすっと入る。そうすると。こういうことを言えばいいのかと思って具体的な言葉を覚えるでしょう。そして話し合いがちゃんと動くようになったらあたしは目立たないようにすっと下がる。

さらには、

子供によっては授けておいた発言の種があるの。「今があれを言う時だ」ということを教えないと駄目なのよ。これは意外に難しいことでもあるんですよ。そしてその発言を必ず大事に受けてやる。子ども任せは危ないから。教師がすぐ受けて。せっかく発言しても、つまらないものだ、話し合いは嫌なものだと思わせないのが大事ですね。

など。

→子供1人ひとりに対してチェック項目を用意しといてチェックする。例えば、積極的に参加する。発言が多すぎる。主題からそれる。良い転機を作る、など

その他、セミナー講師として参考にしたい工夫

●手引きプリント
1. これは問題だ。考えてみなければならない
2. これは面白いことだ。もっと調べてみたい。
3. 本当に?それでは考えてみなければならない。
4. そうだったのか?それではこれはどうなのだろう。
5これは驚いた。どうしてだろう。
6そうだとすると、こういうことを考えなければならない。
7 前から聞いていたことだけれど、やっぱりそうか。考えてみなければいけないことだ。
8 本当にこの通りだ。どう考えたらいいか
9 これは真剣に考えていなければならない重大なことだ。
10 本当にこれはおかしい。ヘンだ。考えなさないといけないことだ。
11これは信じられないことだ。もっと調べてみたい。
12そうだ。これはやめなければいけない。ではどうすればいいか。それが問題だ。
13 こんな一面があるのか、嬉しいような気がするが、考えてみなければいけない。
14 この点は一つみんなで話し合いたい。
15 これは自分への宿題です。これから大いに調べたり考えたりしてみます
16、こういう本があったら読みたい

こういうふうに子供の言葉でとらえていることだこのてびきのよさだと思っています。読みながら考えてるとたいていは自分の考えだ甘かった。悩めちょうどいい塩梅に

手引きにはほとんど同じような内容が違う言葉使いて書いてあったりもしました。それで一度先生にこれとこれは同じなんですかって聞いたことがある。そうしたら先生は笑いながら違わないなよって。でもあなたはこっちでピンと来るかもしれないけれど、こっちの方がピンとくる人もいるのだから、自分にとってあってる方でいいのだとおっしゃった。

どの場合にもあった万能の手引きなんていうのもひとつ作るよりは、その時のちょうどいいてびきを作る方が簡単なんでしょうね。

●ちょうどいい機会を捕まえては間違えやすい病気のことを、ちょっとひとことづつでも言ってやる。そうやって直していくんです

●国立国語研究所で聞いたことですが、見ながら何度も書いてみるという従来の方法でちゃんと覚えるという人は、約3分の1。あとの人はほとんど見て覚えるのだというのです。

●つまり、子どもの自由に任せない。子供の考えを誘導しすぎるという批判があったということですが、それについてはどう思いますか
 悲しいですよ。教師が教えることをしないで何をするのですかって言ったことがある

●戦前、日本の国語教育はそんなに劣っていたわけではないと思います。平和な時代がずっと続いて文学を教えているのだったらそのままでも良かったのかもしれない。でも現実は違いました。海のものとも山のものともしれない、新制の中学校を出て、当時なはやり言葉で言えば民主国家の建設のほかに日本が再生することができないのなら、言葉通り身を捨てて、その仕事にとりかかろうと思った。選ぶとか計画するとか、そんな余裕のある話じゃないですよ。そういう決心で、悲願を抱いて出発した。その決心がいろんなことに耐えさせたし、ぎりぎりのところで発展できたと思います

●社会に出てからいろんな事を学んだり経験する機会はあるけれど学ぶことだけを専門にしている時期というのは生徒の間、学生の間だけですよね。

●私の手引きを見てくださって、これはいいと言ってくださる方が多かったのに同じようなものを誰も作らない

●1人の教師として何ができるのかに限定して教えることの復権について考えてみたい。…私の当面の答えはこうだ。「明日もまた教室に立って教えたい」と思えるような魅力を自分の仕事中に作り出すこと。それが教えることの復権の決め手になるのではないか。

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